商工会議所の歴史

時は、明治時代。幕末のドサクサに諸外国と結んだ条約が不平等で日本はとても弱い立場に置かれていました。日本で罪を犯した外国人を日本の法律で裁けなかったり、輸入品に自由に関税をかけることができなかったり・・・
時の総理大臣 伊藤博文が不平等条約の改正を申し出たのです。

(伊藤博文)
「このような不平等な条約は、商人をはじめとして世論が許さないのです!」

(英公使パークス)
「今の日本に、そんな世論をまとめる機関があるのですか?」
「商人が怒っていると言っても、彼らが集まり協議するところはどこにもないではありませんか!」

早速、伊藤博文は大隈重信と相談して、そういう機関、つまり「商法会議所」をつくることを考え、渋沢栄一、五代友厚ら実業家に協力を依頼したのです。

こうして明治11年3月の東京を皮切りに、8月には大阪、10月には兵庫、その後、全国各地に誕生し、明治18年には全国で32カ所にまで増えたのです。
また、東京商法会議所(現 東京商工会議所)の初代会頭となった渋沢栄一は士農工商という江戸時代の身分制度の中で、一番身分が低かった商人の地位向上を図るためにも、商人たちが相談して商売を進められる場所が必要だと考えていました。
こうして、日本における商工会議所の前身、商法会議所がつくられたのです。

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